清張

一冊百円で買った松本清張の「昭和史発掘」がおもしろくて、
全13冊のうち最初の何冊かを読んでしまった。
大正の終わりから昭和の初期のことを、まあよく調べて書いている。
いろんな陰謀が出てくるのだが、おもしろいのは、
それがどこかで見たりきいたりしたような話であることだ。
どこで見たのだろうと思って考えたら、ヒーローものだった。
昭和初期の陸軍将校やアナーキストらの考えていたことといったら、
ほとんどショッカーなみなのだ。
いや、ショッカーなどの「悪の秘密結社」のほうが後から登場したのだから、
マネしたのがどっちかは歴然としている。
要人テロ、要所占拠、そのための拳銃と爆弾の入手、
考えているのはそこまでで、
社会的混乱に乗じて一挙に日本の主導権を握ってしまうというわけだ。
この「混乱に乗じて」というところがそっくりだ。
ヒーローのいない世界(昔の日本)では、彼らの行動は事前に発覚すれば
つぶされ、発覚しなければある程度の成果を上げた(5・15や2・26)。
ヒーローのいる子供の世界(70年代以降の日本)では、
悪人たちの陰謀はいつもヒーローに察知され、未然に防がれて、
一般の人たちは気がつきもしない。
「悪の組織」の行為がある意味「社会的」であっても、
それはヒーローというほとんど「私的」な力に封殺されてしまう。
創造性のかけらもないヒーローが、誰も頼んでいないのに、
勝手に人類のためとか正義のためとかで悪を殲滅する。
ヒーローという「正義」の代行業者が、悪をつまらないものにしてしまった。
でも清張の本で、朴烈と金子文子という「飛んだカップル」を知った。
これはつかまってからの態度や、検事の前や法廷での陳述がおもしろい。
立ってる土俵が違うのだ。そして、悪だとしても、豊かな悪だと思わせる。


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