へのじぐち

いまの時期、盛り場は閑散としている。
工事中の道路やビルは目に付くのだが、街に人があまり出ていない。
急激に景気が冷え込んでいる気がする。
ビルは果たして完成するのだろうか。道路工事は無事終わるのだろうか。
寒さや正月の半ば過ぎという時期的なものだけでない、
なにか不気味なものが感じられる。
ドルや株価が暴落したり物価が上昇したり、
へんな事件が次から次へと起きたり。
人の心にもどこかやけっぱち的な空気が漂い始めている。
こういうときには一発ギャグでもかましたいところだが、
鏡を見ると口がへの字になっていたりして、気持ちの余裕がない。
電車の中でよっぱらいに少しからまれた。
最初はだれに話しかけてるのかわからなかった。
「あんちゃん」なんていうからさ。だれのこっちゃい。
「30かい?40?まだ50にはなんないだろ」
顔を上げると、酔っ払いで、顔は笑っているが目は笑っていなかった。
おそらくぼくよりひとつふたつ若いだろう。
それなのに、こちらを自分より若そうだと勝手に勘違いして、
老人に対して席を開けろ、といいたいらしい。
見た目はともかくこちとらそんなに若くはないんだよ、
なんていっても仕方がない。
でも頭のなかでそうつぶやいたら、思わずにやりと笑みがこぼれてしまった。
すると笑ってない目をした酔っ払いが、きつい顔になった。
そしてなにか言ったのだが、よく聞き取れなかった。
聞き取れなかったことを相手に伝えるのも馬鹿らしかったので、
聞こえないフリをした。
すると、怒りが相手の頭のなかでメラメラと燃えあがるのがわかった。
たったこれだけのやりとりで、というか、やりとりらしいやりとりのないまま、
暴力が炸裂することもあるんだろうな、と思った。
降りる駅に着いたので、さっさと立った。男はうれしそうに腰を下ろした。
ま、それだけの話なんですが。
冬の闇タクシー客を待ち続け (しょっち)

からす飛び手袋一つ塀の上  (玉)